公害の政治学―水俣病を追って (1968年) (三省堂新書)

公害の政治学―水俣病を追って (1968年) (三省堂新書)の詳細

著者の宇井純（1932-2006）は、東京大学の応用化学を学んだ後、工場の現場で働き、大学院に進学した後、1965年から同大学の都市工学科で助手を務めていた。その時に、工場排水処理の専門家として、熊本と新潟に生じた水俣病の「政治学」を論じたのが本書である。全７章は「１ 水俣奇病の発見とその波紋」、「２ 奇病原因追求と水銀の発見」、「３ 奇病から公害病へ」、「４ 不知火海漁民騒動」、「５ 政府見解とその後の漁民たち」、「６ 熊本水俣病から新潟水俣病へ」、「７ 公害の政治学」からなり、その標題を見れば分かるように、1956年から続出する熊本水俣病の発生と、その原因追求、原因の同定から被害者の騒動とその企業（群）と公的機関による調停（あるいは妨害や中和化）、それがゆえに生じてしまった新潟水俣病の歴史を踏まえ、公害の政治学に共通する点を考察し、また公的機関や住民運動の原理を考察している。現在からは想像するのが難しい位であろうが、1959年から1961年にかけて、水上勉、桑原史成、宇井純、原田正純らが水俣に入り、それぞれ個別に調査を始めていったのであるが、水俣病患者は「今日のような脚光も、関心もあびていなくて」（水上）、「世の中からすっかり忘れ去られてしまった」（宇井）ような状態で、石牟礼道子などと個別には会っていたが、それぞれが孤独な作業を続けているような状況であった。なにしろ専門誌『公害研究』が出たのはその10年後、「環境」という言葉さえも1980年代に入るまで危険なキーワードという雰囲気を漂わせていたという。こうした状況を打開できるのは、ある種の頑なさを持っている人間だったように思われる。宇井の場合、工場排水を流す側の体験を持っていたことと、新潟水俣病の存在が、彼の頑なさを支えたようだ。それから約半世紀が経ち、工場が汚染物質を流出させ、風評被害が人々を苦しめている今、時代はもう一人の宇井の登場を待っているかのようである。