肖像画 (日本歴史叢書)

肖像画 (日本歴史叢書)の詳細

古くは聖徳太子から新しくは徳川家康までー。本書は、日本に於ける肖像画の成立と発達の過程を細かく分析・分類する事に依って、独自の発展を遂げた日本の肖像画の本質に迫っており、正しく「肖像画概説」と称するに相応しい一冊である。本書では主に肖像画のジャンルを「俗人肖像画」「高僧像」「天皇像」に分類した上で時代を追いながら丁寧に解説し、最終章では女性像、将軍像、芸能者、そして武士の像を一挙に纏めて紹介している。勿論、似絵や歌仙図、頂相にも言及しているばかりか、落書きも一つの「肖像」として捉えているので、恐らく「肖像画」と称される物については完璧に網羅していると言っても過言ではなかろう。具体的な作品を数多く提示しているので、改めて肖像画の幅の広さと豊かさを実感する事が出来るし、更には、古記録等の資料に基いた分析には実証性もある。「肖像画」と言っても一括りにしてはならない事を改めて認識する事が出来、非常に参考になった。取り分け注目に値するのは、著者が提言する「日本の肖像画の原点」についての考察だ。日本で「人の肖像を残す」という行為が行なわれ始めたのは、彫像は十世紀半ば、そして絵画は十一世紀半ば頃と言われている。然しながら、例えば西洋の肖像画が時の有力者の威光を示す為、或いは富を得た者が謂わば「記念」として制作したのに対し、日本の肖像画は「亡き人を偲ぶ」為に描かれたのが最初であったと言う。即ち、嘗ての「肖像画」は祀る為にあり、更には霊力を持つものとして捉えられていたという極めて特異な歴史があるのだ。こうした着眼点に則って読み進めると、第一章の中で「怨霊像」を一つの独立したジャンルとして扱っているのにも納得出来るし、更には、著者の「肖像画は人の死と密接に関る」という言葉が重みを増すように思われる。特に、九条兼実が似絵の新鮮さに価値を認める一方で、自らの肖像を描かれる事に対しては極端な抵抗感があったという逸話には、実直な兼実らしさが垣間見られると同時に、当時の「肖像画」に対する考え方等も理解出来て実に興味深かった。本書を読むと、改めて日本に於ける肖像画の重要な意味合いが見えて来る。「肖像画」をより深く理解する為に、大きな助けとなってくれるであろう。但し、その一方で、編集と内容には大きな難点もあるので、敢えてその点にも触れておかなければならないと思う。その一つが、何よりも作品の掲載数が少ないという事。著者の解説が非常に丁寧なので描写の概要を掴むには充分だとは思うが、やはり絵画を言葉で表現するのには限界がある為、実際にその作品を知らないと苦心してしまうかもしれない。そして第二点目が、内容が若干古いという事である。似絵に言及した第三章で、かの有名な《神護寺三像》にも触れているのだが、これらの作品は今、定説であった《伝源頼朝像》《伝平重盛像》《伝藤原光能像》が実はそれぞれ足利直義、尊氏、義詮なのではないかという説が出て物議を醸している最中だ。だが、本書はその新説が出る直前に書かれている為に、あくまでも過去の定説を前提に論を展開しているのである。勿論、出版当時は面白く読めたのであろうし、これはあくまでも研究が進んだ結果としてやむを得ないのだが、それにしても、今読んでみると、何やら物足りなさを感じてしまうのは事実である。改めて言うが、「肖像画」の概要を理解する上で最適な一冊である事には間違いない。然しながらその一方で、これから本書を手に取ってみようと考えていらっしゃる方は、こうした大きなマイナス要因がある事も念頭に入れておいて頂きたいと思う。